毎日少しずつ、それは進行していく。





モールとランピーは、仲のいい友達だった。一緒にバイトをするくらい、仲のいい友達。
ハンディはそれを知っていたし、周りの認識も、仲のいい友達で一致していた。いつも一緒に出歩いては楽しそうにケラケラ笑う、そんな微笑ましい友達同士だった。



それなのに今、檻の中。ハンディは見ている、外で繰り広げられる性交を。



「愛して、っずっと前から!モール愛してる!」
「ひぅ、ッ…わたし、も、ん、んぁ!」
ぐちゅぐちゅと結合部が音を鳴らした。仲のいい友達同士が、到底出来るセックスではない。完全に肉欲に溺れ、理性を失ったそれ。
最初は触れる事すら戸惑っていた、キスすらしていなかったのに。
それなのに、今はどうだ。床に敷かれただけの簡素なマットレスの上、遠目から見ても絡まり続ける舌。結合すら果たさなかった最初とは違い、指で解され完全に慣らされて。今では少し解しただけで、すんなりと入ってしまうアナル。ランピーはそこにペニスを突き立てる事すら、戸惑わなくなっていた。モールは受け入れる事を、当然と思っているようだ。
狂っている。何かが激しく狂っていて、それが日に日に蓄積していく。


これは夢とわかっていながら。
夢と、わかっているからこそ。


ハンディはもう、耳を塞ぐ事も目を反らす事もしない。ただ眉をきゅっと潜め、悲しげな顔で、前を見る。牢獄の向こう、交わり続ける友達ではなく、伸ばされ続ける手を。
「ハンディ、早く出ておいでよ。僕がちゃんと買ったから、誰にもわたさないから。ねえ、愛し合おう?」
牢獄の向こう側、スプレンディドが笑っていた。甘い、蕩けそうな笑顔で。甘い声で、愛を囁いていた。
ハンディは知らない、そんなスプレンディドなど。













カチャリと茶器が鳴る。カップを持ち上げた音ではない、モールがティースプーンを落した音。
モールはよく、物を落すけれど。同席している者がいれば、紳士らしく一言、失礼と言って拾い上げる。同席者は行儀よく、モールが優雅な手つきで元の場所に何かを戻すまで口を噤み、全ての動作が止まってからまた話し出した。それが恒例だった。
それなのに今モールは、ティースプーンがテーブルの上に落ちてしまった事すら気付かないよう。向かいに座っているハンディまで、確り聞き取れるほどの音が鳴ったのに。
「…モール?」
声をかけて漸く、顔を上げたモールが、緩く首を傾げた。モールがいつもする仕草なのに、この日はやけに動きが遅くて。
「すまない、聞いていなかった。何の話を、していただろう」
何故名前を呼ばれたのかも、わかっていない。誰かと話をするときは、普段のうっかりとはかけ離れた注意深さで耳を傾けるはずのモールが、今まで話していた内容すら覚えていないなど、今まではなかった事。
けれどこの頃、よく見かける光景になっている。ハンディはそれがもどかしく、そして少しの恐怖を感じるようになっていた。





一ヶ月ほど前から、見続けている夢がある。
夢は毎日、少しずつ進行していく。





夢の中で、ハンディとモールは牢獄の中にいた。周りには、沢山の人。同じように閉じ込められ、困惑げに様子を伺う人々。その不安げな雰囲気に、始めハンディはただ只管怯えていた。モールは何も言わなかったけれど、同じように困惑していた事は確か。
ここは何処?
ハンディに何度も、何度も聞いたから間違いない。ふたりでわけがわからずに、牢屋の片隅で壁に背を預けていた。
やがてぽつぽつと、牢獄の前、鉄格子の向こう側に現れ始めた人影。ぽつぽつと、集まっては誰かの名を呼んで。呼ばれた相手は牢屋の中、何事かをまくし立てる。お互い向き合って、困惑げに。
そんな中現れたランピーが、困ったようにモールの名を呼んだ。ハンディの名も。
多分、初日はそれで夢が終わった。何てこともない、不可思議な夢。



翌日も、同じ場所から始まった。モールとふたり、牢屋の片隅で座り込んでいて。既に現れていたランピーが、ふたりの名を呼んだ。
「プレートがあるんだ、向こうの部屋に」
あんた達の名前が書かれた、大きなプレート
沢山の名前が書かれていて、ボタンになっている。文字が発光していて、けれど所々の名前には光が消えていた。モールもハンディも、まだ名前は光っている。
その話を聞いて、ぞわりと背筋を寒々しいものが走ったのは、ハンディだけではないだろう。モールもまた少し俯き、ぽそりと悪態をついていたから。
「自動販売機みたいだな」
あえて明るい声を出したハンディは、曖昧な笑みを浮かべたランピーに、もう何も言えなくなる。実物を見たランピーはきっと、同じ事を、瞬時に感じたのだろう。
それからはもう、ただ困惑するだけで。周りの人々と同じように、ぽつりぽつりと言葉を交わして、それ以外は黙り込み。二日目は、それで終わった。



三日目、同じ場所でモールとふたり。ここまで続くといい加減、わかってくる。夢は続いている、多分もうすぐランピーが来ると。
思った通り、さほど待たされず現れたランピーは、少し顔色が悪かった。
「夢だよね、これ。ただの夢だよね」
驚く程リアルだった。けれど皆、夢である事はわかっていた。何よりもありのままを受け止めるモールが、静かに頷いたから間違いない。
そんなモールの頷きに勇気を貰ったのだろう、ランピーは今見てきた事と前置いて、ありのままを話してくれた。それはとても、聞くに堪えないものだったけれど。
「システムが少し、わかった。さっきボタンを押した人がいたから、後をつけたんだ」
ボタンを押すと、プレートの右端に料金が出る。それがいくらかは教えてくれなかったけれど、兎に角その金額を払うと、名前から光が消える。
便宜上、買われたという事にしよう。
買われた相手は、買った相手の差し伸べる手に触れると、どのような方法でか牢屋から出ている。それこそ夢だ、呟いたランピーは、上手に笑えていなかった。
「牢屋から出たら、それで終わりじゃないんだ。最初の日から、その光景は俺見てたんだけど。皆、折角牢屋から出たのに、何かに操られるみたいに、皆」
買った相手と、セックスを始めた
何かの冗談みたいに、皆
「それで…俺お金持ってるのかなと思って、ポケット漁ったら。持ってるんだよね、丁度ひとり買える分ぴったり」
三日目は、ランピーの少し泣きそうな声で終わった。
ランピーは、ハンディも一緒に呼んでくれたけれど。最後のその時、彼はもう、モールしか見ていなかった。



四日目。
五日目。
六日目。
毎晩牢屋に入れられるという夢は、苦痛。眠るのが怖いと感じるのに、いつの間にかすとんと落ちている。どんなに気力を振り絞っても、毎晩決まった時間になると、スイッチが切れるように視界がブラックアウトした。
せめて、牢獄から出たい。少しでも開放されたい。



「俺も実は、結構辛い」
七日目になって、ランピーが困ったように言った。
「したい、んだよ、凄く。こっち側、そういう場所みたいで」
その日のランピーは、ほとんどずっとモールを見つめていた。まるで、何かを既に決めてしまったかのように。
牢屋の前に来た時点でもう、ランピーは料金を支払っていたのだろう。
「ハンディごめん、俺あんたのこと、出してあげられない」
一度だけ、本当にすまなそうに言われたけれど。時間の問題だという事はわかっていたから、ハンディはただ首を振った。ランピーに、出して貰いたいと思わなかった事もある。 けれどそれ以上に、これからふたりに降りかかるだろう罪悪感と苦痛の方が、痛いと感じた。
だってそうだろう、ふたりは本当に、本当に仲のいい友達だったから。
「モール、これは夢」
すっと差し出された大きな手。初めて牢屋のこちら側に伸ばされた手は、少し震えていた。震えながら、それでも真っ直ぐ伸びた掌。見えないはずのモールは、少しの間その掌を見つめるように、俯いていて。
「…私達は、友達?」
ややあって呟いたその言葉は、少し掠れていた。
「うん、友達。これは夢だから、大丈夫、現実ではただの友達」
それでも、そう告げたランピーに。モールも覚悟を決めたかのよう、持ち上がった手を、ランピーが掴んだ。
泣きそうな顔で、それでも止める事が出来ずに、お互い謝罪を繰り返しながら。目の前で行われた性交を、ハンディはただ、見つめる事しか出来なかった。



八日目。
「何これ、全然力出ない。何で出来てるの、この鉄格子」
不愉快そうな顔のスプレンディドが、ハンディの目の前にいた。鉄格子くらいわけなく捻じ曲げるはずのヒーローが、背後で行われる友達同士のセックスなど、眼中にないと言わんばかりに。











「ストロー齧るの、どうかと思うよ」
急に声をかけられ、急激に現実に引き戻されて。慌てて顔を上げたハンディは、いつの間にか隣に座っていたスプレンディドに、一瞬身を引きかけた。
違う、今は夢の中ではない。
牢獄はない、プレートも。カフェのオープンテラス、太陽はまだ頭上にある。連日鉄格子の向こうに行ってしまうモールは、向かいに座り腕を組み、眠たげに頭を垂れていた。もしかしたら実際に、うつらうつらしているのかもしれない。
「ねえ、話しかけたの僕なんだけど。何でモールの方ばかり見るの?僕とは話したくない?結構失礼だよね、ハンディって」
眠い、兎に角ぐっすり眠りたい、夢なんてもう見たくない。連日それだけを願って、頭がおかしくなりそうだ。夢の内容が内容だけに、躊躇していたけれど。耐えられず何度かハンディは、モールに尋ねようとした事がある。
もしかして、同じ夢を見ている?
モールはこの頃いつも眠そうで、何処となく気力がなかった。あんなに仲が良かったランピーと、あまり一緒に出歩かなくなっていた。
同じ夢を見ている?
「ハンディ!」
「…煩いスプレンディド。皮肉言いたいだけなら聞く気ないから、どっか行ってくんないか」
けれど、言えなかった。聞こうとするたび、すとんと言葉が消える。何度も紡ごうとするのに、言えない。まるで何かに口を覆われたかのよう。
そして感じる。たかが、夢じゃないか
そう、強制的に思わされる。どんなに抗おうともがいても、どうしようもないほど。
スプレンディドが、甘い笑みを浮かべるわけがない。愛おしいと、態度でも言葉でも表す理由がわからない。普段の彼は、ハンディに酷く冷たく当るから。何かにつけて皮肉を言い、笑っても何処かバカにされた気分になる。





愛しているなんて、言うはずがない。





十五日目。
途中から夢に出てくるようになったスプレンディドは、この日まで現実世界の彼と変わらなかった。最初の数日は、鉄格子を壊そうとしていて。それが無理だとわかると、今度はハンディをそれとなく責めた。
何で何時も牢屋に入ってるの、何悪い事したの、もう何でもいいから謝っちゃいなよ
そんな事を言われても、誰に謝ればいいかわからない。そもそも悪い事などしていない。そう理解させるために、一日費やして。残りの二日でスプレンディドは、一週間の間三人で悶々と悩んだ内容をなぞっていき。
「…夢だから、いいのか」
そう呟いて、チラと後ろを振り向いた。
その頃にはもう、ランピーとモールは口付けを交わすようになっていた。謝罪が一切なくなり、まるで抱き合う事を楽しみにしている風にすら見えるようになって。
愛を囁くようになっていた。

夢の方が幸せ
ここでは我慢しなくていいんだ、好きって言っていいんだ
ずっと好きだった、ずっと

モールの足が、ランピーの腰に絡まるようになっていた。なるべく体を密着させないように、手早く終わるように、そんな考慮などもう一切ない。始終触れる唇は、いつから笑みを湛えるようになっていただろう?
「ずっと好き…」
十五日目の最後、スプレンディドはそう呟いて。夢の中なのに、まるで夢見るように、ただハンディを見つめ続けて。
「僕も、ずっとハンディが好きだったよ」
そう言って、笑った。蕩けるような笑みで、それが十五日目の最後。



十六日目。
初めてモールを抱いた日のランピーのように、この日スプレンディドは、真っ先にハンディを“購入”した。
牢屋から助けるという名目で、お金を払う事で多少なりとも罪悪感が薄れる。そして多少、傲慢にもなる。それが要するに、このシステムの心理的概要なのだろう。ハンディは自分が買われる段階になって初めて、それに気がついて。鳥肌が立った、スプレンディドはもう、躊躇しなかったから。
手など震えていない、そもそも友達というカテゴリですらなかった相手に、拭いきれない罪悪感などなかっただろう。真っ直ぐ手を伸ばし、スプレンディドは笑っていた。
「夢みたい、うん夢なんだけど。ハンディを抱けるなんて、夢みたい。夢じゃないと無理だよね、僕酷い事ばかり言うから、嫌われてるよね。でもずっと好きだったよ、本当に好きなんだ。僕だけ見て欲しいのに、ハンディはいつも沢山の人と仲良くしてるから、勝手に嫉妬しちゃって酷い事言って馬鹿みたい。ね、ここでは絶対酷い事言わないから、この檻から出してあげるから。お願い、触らせて」
信じられない。スプレンディドがこんな事を言い出すなど、ハンディは信じられなかった。何かの間違いかと思った。普通の友達のように、すら接してこないスプレンディドが、180度態度を変えてきたのだから信じられるわけがない。
「俺、手がないから、掴めない」
どんどん溢れ出る甘ったるい言葉に、苦し紛れの言葉が出てしまったのは。信じられないからではなく、出てしまったら抱かれる事を危惧したから、ハンディはその日自分に言い聞かせていた。
何に対して言い訳をしたのか、よくわからないけれど。




それでも。ハンディも既に、限界は近い。



END




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